富岡製糸場は、官営工場として明治5年(1872年) 日本の近代国家・産業革命の礎石として、明治新政府が総力を結集して創設しました。わが国最初の工場制機械工場施設であり、現在においては歴史的建造物です。
 創業以来、蚕糸工業の模範工場として指導者養成と殖産興業など、日本近代産業の象徴として発展してきました。昭和62年(1987年)3月、114年間の生糸生産の操業にピリオドを打ちましたが、その歴史に果たした役割は極めて偉大であり、建造物もまた貴重な文化遺産で、現在もなおその輝きを失っていません。





 赤煉瓦を組み合わせた壁はこの建物の特徴です
 昔はこのアーチの門をくぐって、繭や絹糸を積んだトラックが行き来していました。

 


 

 柱は、棟、軒桁まで30cm角の通柱を使用しています。
 東繭倉庫と変わりませんが、アーチ型中門がなく窓数がその分多くなっています。








 明治7年(1874年)に当時の軍艦建造術の粋を集めて作られた貯水量376.2立方メートルの鉄水槽です。継目は全てリベット打ちです。




長さ:141.8m 幅:12.6m 高さ:11.8m
木骨煉瓦建築で、工場の強度を高めるためにキングポストトラス(王柱桁構造)の様式です。また養蚕農家のような高窓(越屋根)の蒸気抜きがある構造をしています。





 美しい木骨煉瓦建築で、床下にはフランス人の食料品貯蔵庫として地下室があります。 首長のポール・ブリューナ夫妻が居住していました。




 天皇皇后をはじめ、皇族方あるいは当時の政府高官をお迎えした由緒あるお部屋です。

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写真提供:佐藤正次様(「群馬風便り」より)
NPO法人「富岡製糸場を愛する会」